レクリエ日記(仮)

こどもが大好きで、いっしょに遊び楽しむことを通してこどもの「生きていく強さ」を育てたい『こども王子/こどもの笑顔クリエイター』、 「ベジ」こと浅野暁彦のブログです。「ほぼ」毎日更新。

遠回りになってもいいから、先回りするべからず

前にも書いたかも知らんけど。

 

こどもが何か困っていたり、じぶんでじぶんのきもちや要望を言う前に、

 

先回りして問題を解決してあげたり、

 

きもちを察してあげたりしすぎると、

 

それが当たり前になって、じぶんからきもちや要望を伝える必然性を奪うことになります。

 

我が子かわいさからだったり、

 

いつまででも泣きわめかれるのがストレスで、早く終わらせたいとかあると思うけど。

 

でもじぶんに余裕ない時はがっつり向き合うってできんよねー。

 

そういう時に、というか普段から余裕持てるようにするお手伝いもべじはしております。

 

ーーーーー

 

これ、ちょっと深掘りしたほうがいいと思うので追って書いていきますねー。

(๑ÒㅅÓ)ノ

ベジの正体、教えます。(あと、好き嫌いについても)

昨日から長野県は安曇野市に来ています。

 

お母さんには「助かってもらえて」、こどもたちにはよろこんでもらえて、「ヒーロー」としてはうれしい限りです。

(๑′ᴗ‵๑)

 

ここ最近はトランポリンのイベントもあり月1ペースで呼んでもらってるのだけど、
数日間泊りがけであれこれいろいろサポートさせてもらっています。

 

んで、

「全世界出張型ベビー/チャイルドシッター」という肩書きのせいもあると思うけど、まだあんまり浸透していない感があるので改めて言っとくと…

 

実はベジは「なんでも屋」です。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

炊事掃除など託児以外の家事全般バッチコイ。

そして託児以外についてはオプションでお金をとるとかしないです。

 

ご依頼いただく時「これこれこうしてもらいたいんですけどさすがに難しいですよね…?」なんて言われることが多いんだけど、

 

ぼくはご依頼/ご要望に対して条件をつけるのがあまり好きではなく、基本的にNOと言いたくないので、

なんでも「あ、いいっすよ( ´ ▽ ` )ノ」と言うことが多いです。

 

スケジュール以外でぼくが「うーん…!」て難色を示すのは、

ぼくひとりでお子さんの安全を担保できなそうな場合。

 

「自宅でなく外出で、人数が幼児を含み3人以上」とか。

(幼児2人含み5人預かって公園で半日遊んだこともあるけど、かなりイレギュラー)

 

ちなみに「安全を担保できなそう」にはお子さんの体調が悪い時も含みます。

「風邪気味」くらいなら全然構わないんだけど。

ぼくには病児対応の専門知識がなく経験が乏しいので、

有償/無償の関係なく、たいせつな命を預かるのに安請け合いはできないし、したくないから。

 

逆に言うと、そこさえクリアしてたら基本的になんだっていいんすよ。

(´・ω・`)

 

…と言っておいて一個だけ条件というか、きにしているところはあります。

 

ぼくを【「道具」として「利用」しようとしているかどうか】です。

 

表現を変えると【他人を「消費」して「得をしよう」とするマインド】に対しては、ぼくは敏感に反応します。

 

ジーシッターでもお父さんバンクでも、どんな理由でもぼくの託児はバシバシ利用してほしい。

ぼくができることを提供して誰かがしあわせになることは“my pleasure”だから、

『気軽にベジのことを頼ってほしい』という意味で「使ってほしい」と思ってる。

 

けど、

 

『あいつを消費することで得してやろう』とするマインドには、他者に対するリスペクト(尊重)がなくて、

それ、ぼくは好きじゃないのです。

 

ぼくはあくまでもあなたと「同じ目線の高さで関わりたい」。

 

同じようにそれをたいせつにしてくれる人とたくさん繋がって助け合って、

喜びあっていきたいと思ってます。

( ´ ▽ ` )ノ

(リアルに)怪我の功名。

昨日は家族で実家に集まって新年会でした。


‪毎年恒例甥っ子姪っ子のお年玉(硬貨)つかみ取り大会、‬
‪今回はドローンを使ってクレーンゲームにしよう!!‬
‪(๑ÒㅅÓ)ノ‬

 

と数日前に思いつき、

 

つかむギミックはどうすっかな‬〜と思いつつ、ティッシュの空き箱と工作道具だけ持ってってぶっつけ本番でやってみたところ…

 

こうなりました。

 

 

https://www.instagram.com/p/B6xSuRPjbs8/

今年のお年玉ゲット大会はドローンでクレーンゲームをやろうと思って紙箱つけたけどまっすぐ上がらずコントロール効かず→新年早々流血(?)沙汰になったよ#半パンゆえの怪我#地味に痛い#プロペラガードしてたんだけどね(´・ω・`)

 

 

ティッシュの空き箱程度でも、重心から少しでもずれた状態で取り付けると、

 

ドローンはそのずれを修正してホバリング(空中の一箇所で停止)しようとするものの、

ずれたまま固定されてるからその重心の傾きに対してひたすら反対方向へ向かうことになったらしい。

(シェアハウスに戻って、ドローン持ってるシェアメイトに解説してもらった)

 

ドローンのしくみをよく考えればわかることだけど、全然考えてなかった…笑。

 

そして

 

ドローンは無理

 

→これで例年と変わらないつかみどりってのもなんだかなあ

 

→なんか工作してそれを利用するのでなく、ゲームの成績に応じた賞品としてあげる、というのも試しにいいかも?

 

→ビンゴゲームで一列揃ったらその枚数分(上限あり)もらえる

 

にしたら、甥っ子姪っ子ふたりともめちゃ楽しんでくれました。

(๑′ᴗ‵๑)

 

お年玉ぶじゲットした後も、

賞品もなんもなくてほんとにただのビンゴゲームをエンドレスでやってたくらい。

 

来年もビンゴゲームがいい!とのことだったけど、

 

あっちゃんにいちゃん(と呼ばれてる)はおんなじことじゃなくてどんどん面白くしたいので、またなんか考えようと思ってるのでした。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

 

 

ちなみに去年の様子(・ᴗ・)/

recrea.hatenablog.com

 

年の始めの例しかよ(&めったにしないやつ)

あけましておめでとうございます。

 

そして(これを言うのももはや何度目だろう、)ごぶさたしております。

 

はい、生きてましたよ。

(´・ω・`)

 

ごぶさたしている間、12月はタイに行ってきました。

 

そのお知らせも全然できんかったので年明けてようやくなんだけど、

 

それはこんなわけでした。

 

↓↓↓

 

 

polca.jp

 

 

(´-`).。oO(ちなみに
はしょってはしょって短くしたけどそれでも長くなった経緯を書いてたんだけど、
polcaのプロジェクトは文章の文字数上限400文字っての知らなくて削るのめちゃたいへんだった…。

 

 

 

助けて(支援して)もらえたらもちろんうれしいんだけど、

 

それだけではなくて。

 

これは言わないと、ちゃんとシェアしないといけないきがするやつで。

 

ブログでは経緯をちゃんと載せたいと思います。

 

 

 

《タイで…①山岳少数民族の少女と彼女の子といっしょにトランポリンを跳びたい!&②【虹の学校】の空撮PVをプレゼントしたい!》

 

 

 

去る12月、旅をしてきました。


趣旨はタイトルの通りなのですが、経緯について少しお話しさせてください。


①の少女とは、『トランポリンをかついで世界の笑顔をつなぐ旅』、チームFLYHIGHの石原舞(現・舞フィッツジェラルド)のファンならご存知、

 

タイ北部の街チェンライのとある施設で暮らす(いわゆる首長族として知られる)カレン族の少女「マリー」です。


かつて周囲に心を閉ざすようにほとんど笑うことのなかった彼女が、「この子を笑わせたい」と舞さんが持ちこんだトランポリンを初めて跳んで、ーー笑った。
とびっきりの笑顔を見せてくれたのです。


そんな彼女へのクリスマスのサプライズプレゼントとして、大きなトランポリンをあげるため舞さんと仲間たちにジョインしていっしょに旅したのが3年前、2016年の12月のこと。舞さんの初めての訪問から2年ほど経っていました。


連絡手段がないのでそこにまだいるかどうかもわからないまま向かうも奇跡的に再会でき、トランポリンを跳んで笑ってはくれたものの…

 

それはぼくたちが勝手に期待していたはじけるような笑顔ではありませんでした。


「(遊んではしゃぐような歳ではない)お姉さんになっちゃったんだね」、と舞さんが言いました。


翌朝、チェンライのカフェにてバンコクへ戻る前にメンバー全員でその旅の振り返りをした際、
ぼくは勝手に宣言しました。


「うれしくないはずがない、絶対に。もしかしたら極度にシャイなのかもしれない。なにかしら理由があるはず。だから俺もう一度あの村に行ってくる。そして確かめてくる。いつになるかはわからないけど。」と。


半年後、さまざまな助けを得て再び訪れることができたカレン族の集落で、ぼくは想像だにしていなかったものを目にしました。


それは…

 

前と同じように人を寄せ付けない雰囲気で座って手仕事をするマリー(15歳くらい?)の、おなかが大きくふくらんだ姿でした。


それを見た瞬間、「ああ、ああ。」と頭の中でも言葉にはならなかったのですが、すべてがつながった感覚でした。


恐る恐る、彼女に英語で話しかけました。「ぼくのこと、覚えてる?」


ぼくと目が合って彼女は驚いた後、少し恥ずかしそうに頷いてくれました。


「ありがとう。また来たよ!それからえっと…」と続けて話そうとしたけど、英語が決して得意ではなさそうだったのと、ぼくも何をどう伝えればいいかわからなくなって、
平日こどもたちに勉強を教えに来てくれている先生を探しにいきました。


先生にも無事再会でき、「マリー」のおなかのことを聞きました。
出産予定時期から逆算するに、「あの時」すでに、彼女はじぶんのおなかの中にもうひとつの命を宿していることを知っていた可能性が高い。

 

ぼくの頭の中に浮かんだ仮説はこう。
「本来なら運動を避けるべき時期だったけど、他でもない石原舞の再訪だったからこそ、彼女はトランポリンを跳んでくれたのではないか。」


彼女がトランポリンで思いきり跳ぶ姿を見たくてはるばるやってきたものの、
本人を目の前にしながらもその実現はまたおあずけになってしまったけど。


「理由」が(おそらくではあるけど)やっぱりあったこと、そして何より、「あの」マリーが結婚して、その上こどもを産むということ。


それが無性に嬉しくて胸がいっぱいで、先生とこどもたちの前でぼくは泣いてしまいました。


さらに極め付けに、
「せっかく来たからには」と、小さな子たちとトランポリンでいっしょに遊んでいたのですが…
その中にどうやら「マリー」の弟か妹がいたらしくて、いつの間にかそれを見に来てて(これまでなら誘ってもなかなか来ない)、あろうことかなんともやわらかくて優しい表情で笑って眺めていたのです。


「あのマリーが!!じぶんからやって来て!!!トランポリンで遊んでる子を見て!!!!しあわせそうに笑ってる!!!!!」と思って、こみ上げるものがあり、それでまたもや泣いてしまいました。


その後彼女に宛てたメッセージを紙に書いて先生に翻訳してもらったのですが、その最後で
「またいつかここに来るから、その時は、あなたと産まれてくるあなたの赤ちゃんといっしょに遊ばせてくれる?」と尋ねたら、彼女は「もちろん!」と答えてくれました。


ぼくが遊びたいのはもちろんのこと、
また彼女がトランポリンを跳んでくれたら…もしかしたら舞さんの著書で見たあの弾けるような笑顔を見せてくれるかもしれない。


それが叶わなかったとしても、かつて笑わなかったけど、もう笑えるようになった少女がその命を繋いで、じぶんのこどもに笑いかける様を、どうしてもこの目で見たかったから。


それが、もう一度あの村へ行きたかった理由です。


そして、同じくタイの【虹の学校】で奮闘されている片岡鉄男さんに、チェンマイで合流してマリーのいるチェンライへ向かい、訪問の様子を撮影してもらえることになり、
『手元にまるでお金はないけれど、でも、余裕のできる「いつか」を待ってたらだめだ、このタイミングしかない!』と思い、旅立ちを決めたのでした。


そして、
タイトルの②。
立ち退きを余儀なくされ、もう一度学校をゼロから作り上げようとしている【虹の学校】の新天地とこどもたちの姿を、たくさんの人に紹介する動画を撮影しプレゼントしたいから。
同じ国とはいえ決して近くはないし、日程的に全然余裕はなかったけど、タイに行くこの機会を活かし、弾丸なスケジュールで行ってきました。


この旅は、「やらなくてもいいこと」でしたが、ぼくにとっては「やらなくてはならないこと」でした。


容姿や言葉が異なる、関わりのなかった誰かに関わり笑わせること。
「誰か」ではなくなったその人と視線を交わし、笑い合うこと。


「やらなくてもいい」それらにあなたがもし意味を、価値を感じてくれるなら、
今回かかった旅費についてぜひ支援してくれませんか??

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

f:id:akatsuki_jp:20200114212254j:image

 

#タイミング的にお年玉募集になったけど

#本当にほしいのはあなたの共感

#そして共鳴

#誰かを笑わせたいと願うチームの仲間になってくれること

 

#あと

#なるだけブログ更新します

 

P.S.
 
【旅費内訳】
 
・東京ーバンコク間往復(成田空港↔︎ドンムアン空港) 約34000円
バンコクチェンマイ間片道(スワンナプーム空港→チェンマイ空港)約7000円
バンコクチェンマイ宿泊(1・2日目) 約2600円
チェンマイ&チェンライ宿泊(3・4日目) 約1500円
・レンタルバイク(2日間)+ガス代 約10000円
・夜行バス移動(チェンマイ→カンチャナブリ→サンクラブリ) 約4300円
・バス(サンクラブリ→バンコク) 約1100円
・タクシー(空港↔︎バンコク市内往復) 約1000円
 
合計 約61500円(※旅行中の飲食費は含まず)
 
で、本企画の金額を60000円に設定しました!
(๑ÒㅅÓ)ノ

【お悩み相談】こどもがまるで我慢ができず、すぐに癇癪を起こしてしまいます

(もうすぐ4歳になる)3歳男子なのですが、まるで我慢というものができません…。

2歳ごろからイヤイヤ期がずっと続いている感じです。

気に入らないことがあるとすぐ火がついたように怒りだし、手のつけようがありません。癇癪というやつですよね。しばらくすると泣き叫ぶのは治まりはしますが、かなり時間がかかります。

お友達の子たちはもうちゃんとお兄ちゃんお姉ちゃんできてきているのに、うちの子はそんな気配がまるでなく…。

周りと比べるのはよくないとわかっているのですが、我慢のきかないまま大きくなったら…と心配です。

 

 

 

ご相談ありがとうございます!

 

ギャン泣きされると修行感ありますよね…!

(´;ω;`) 

 

そしてお子さんの将来を心配なさるおきもちも、よくわかります。

 

まずは、

 

「我慢ができない」について、ちょっと視点を変えて見てみましょうか。

 

我慢ができない/癇癪を起こす

感情を爆発させてしまう/抑えることができない

「落ち着いてじぶんの考えを(言語化して)伝えることができない」

 

問題とされるところを違う表現で説明するとこんなところでしょうか。

 

 

 

これはマイナスの視点で(問題として)見れば確かに問題ですが、

 

プラスの視点で見れば

 

「不満である/納得していないということを訴えることはできる」

 

ということでもあります。

 

だから納得しろ、という話ではありませんよ?

 

ただ、何度も言っていることですが

 

一番怖いのは、親がこどもからの信頼を失うことです。

 

信頼を失って何も意思表示してくれなくなったら、それこそ本当に大変なことになりますよ。

 

その点ではまだ、だいじょうぶなのですよ。

 

 

 

「不満である/納得していないということを訴えることはできる」。

 

これは表現を変えると、

 

(意識的か無意識的かはわかりませんが)お子さんはあなたのことを「怒りや悲しみをぶつけても許してくれる/受け入れてくれる(かもしれない)相手だ」と認識しているわけです。

 

だからこそ、全身全霊をもって感情をぶつけてこれる。「信頼」があるんです。

 

 

 

そしてもう一つだいじな視点。

 

お子さんは、癇癪を起こす時「とても困っている」んです。

 

どうしたらいいのかわからず、あなた以上に困っています。

 

(今日も明日も生きているのはわかっていて)将来を見据えた上で今の対応に困っている「どうしたらいいのかわからない」ではなく、

 

(今日も明日もなく)この瞬間のじぶんがバラバラにちぎれてしまいそうな危険を感じるレベルの「どうしたらいいのかわからない」です。

 

「んなこたない」ってわかってるのは、大人だからです。

 

困っている人は、助けてあげてください。

 

お子さんの要求を聞き入れることができないことがわかっていてもいいんです。

 

お子さんのきもちを吐き出させてください。

 

我を失って言葉にできないのなら、できるまで待ってあげてください。

 

静かにさせることが目的なら「制圧」するのも手段としてはありですが、それは反抗と復讐をされる可能性を自ら作り出していると理解した上でなければなりません。

 

でも本当の目的は、お子さんが「じぶんでじぶんを安定させられるようにすること」であるはずです。

 

癇癪を起こしても、泣き叫ぶのが治まりはするのならその「力」を確実に持ってはいるんです。

 

他の誰かじゃなく、今のお子さんにとっては必要なことであり、必要な時間なんです。

 

どうか、お子さんが癇癪を起こしてしまうことを「よくないこと」だとは見なさないでください。

 

少し落ち着いてこちらから言葉が届くようになったら、

 

何がいやだったのか、苦しかったのか、悲しかったのか。

 

それらを「代弁」してあげて、じぶんのきもちと合ってるか確認してあげてください。

 

そうしたら、

 

希望や要求が通らないことへのストレスはすぐになくなりはしなくても、

 

「じぶんのきもちをわかってもらえている」という安心感は確実に生まれます。

 

そして「そこ」から、親への信頼は確実に育っていきます。

 

 

 

やるなら、心血を注ぐのならば、「コントロール」ではなく「受け取ろうとすること」です。

 

「きにするな」とも、「そんなの楽勝だよ」なんてことも言えませんが、

 

「お子さんもあなたも、きっとだいじょうぶ」だということは自信を持って言います。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

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【お悩み相談】こどもの注意力が散漫でケガが絶えません

7歳男子の母親ですが、とにかく注意力がありません。そのせいでしょっちゅうケガをしています。

危ないからと何度言っても周囲の状況を確認することなく急に走り出したりするので、

信号などでは飛び出さないようにこっそり服を掴んでいます。(手を握るのは恥ずかしがって嫌がるんです。)

一緒にいる時はまだそれができるからいいのですが、そうでない時は事故に遭いはしないかと不安で仕方がありません。

周囲に注意を向けて自分の身を守るようになってもらうためにはどうしたらいいのでしょうか?

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

ケガ、心配ですよね。

(´;ω;`)

 

ぼくもたいせつなお子さんを預かる際、ケガや事故にはいつもきをつけています。

 

転んで膝を擦りむく位はしゃあないかな、と正直思っていますが、

 

『病院で診てもらわなければならない位の怪我は絶対にさせないぞ!』と思っていて、今のところそれらはありません。

 

(※正月に実家で姪っ子といっしょに遊んでて、要通院レベルの怪我を防げなかったことはありました…。ちなみにそれで死ぬほどへこみました。) 

 

やはり親御さん的には、心配するなと言う方が無理な話でしょう。

 

 

 

でも、ですよ。

 

それ、本人はきにしているんでしょうか?

(´・ω・`)

 

 

 

きっと『痛いのはいやだ』とは思っているはずです。

 

でもそれをダメなこととして直そうとは思っていないのではないでしょうか。

 

『ぼくはなんでこんなにケガばかりしてしまうんだろう、きをつけたいのにきをつけられない…』

 

だったなら「強制介入」するべきだと思いますが。

 

そうじゃないんですよ。

 

これまで何度も言っていますが、本人が納得してないことにはいくら注意しても無駄です。

 

少なくとも、自分ごとであると認識してもらわないとだめです。

 

交差点が危ないのも、車に轢かれたら最悪の場合死んでしまうのも知っているはずです。

 

(きっと何度も何度も伝えてこられていますよね?)

 

それでも、「それはそれ、これはこれ」として捉えている可能性は大いにありますよ。

 

「自分とは関係ない」という感覚かな。

 

関係ない、という意識すらないかもしれない。

 

だってじぶんとリンクしてないことにはそもそも意識が向かわないから。

 

 

 

じゃあどうするって、

 

危険について、具体的に理解して体感してもらうのが一番手っ取り早くはあるかな、と。

 

危険を、安全に経験してもらうんです。

 

例えば、

 

交差点での危険についてだったら、

 

想像外のところからすごいスピードでぶつかられるとどうなるかを実験してみる、とか。

 

死角からタックル(なんかそんな話題あったな)するとかね。

 

もちろん倒れる方向に布団やクッションをたくさん敷きつめておくとか準備万端にしてね。

 

それしたら、少なくとも「勢いつけてぶつかられると吹っ飛ばされる」ということは身体で理解できますよね。

 

そこをハラに落として理解してもらえたら、

 

「ぶつかられるのが人でこれ。じゃあ、車だったら?」という質問が、初めてじぶんにとっての現実味を帯びたリスクとして捉えてもらえると思います。

 

そうしたら、

 

「車は人よりもっと大きくて固いし、スピードもとても速いよね」

 

「外では、道路に布団やクッションなんて置いてないよ」

 

「打ち所が悪かったらケガじゃすまないよ」

 

という言葉がしっかり届いて、

 

「確かに注意しないとダメだ…!」と、納得感をベースにした自分を守る意識にようやく変わると思うんですね。

 

ちなみに、

 

「車に注意しなさい」は全然注意になってないので注意が必要ですよ!(?)

 

なぜなら全然具体的じゃないからです。

 

「交差点を渡るときは、右向いて左向いて、もう一回右向いて車が来てないか確認するんだよ」ならだいぶ具体的です。

 

さらに言えば

 

「なんで一回見た右側をもう一回見るのかな?」といった質問をして、じぶんで考えて答えを出してもらうのが望ましいですね。

 

それが一番意識の中に根を張って「残り」ますからね。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

 

 

参考にしていただけたらうれしいです。

 

こどもたちの安全、みんなで一緒に守っていきましょうね!

( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

 

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【お悩み相談】習い事はどの程度させるべきでしょうか?

小学校5年生の娘がいます。

 

本人の将来のことを考えて、この先選べる選択肢を増やすため、また何が向いているのかもわからないので、複数の塾や習いごとに通わせています。

 

親の目から見てもまじめな方で、面倒臭がって行きたがらないということもないのですが、何ヶ月かするとだんだん疲れたような感じが見えてきて、よくよく話を聞いてみると「嫌なわけではないけどすすんでやりたいと思えない」となり、これまで辞めた習い事がいくつもあります。

 

私は必ずしも「石の上にも三年」とは思っていなくて、面白いと感じないものを無理して続ける必要はないと思う方なのですが、すぐ辞めてしまうことが続いたりすると正直、がっかりする気持ちもあります。(ピアノと書道は昔から続いています)

 

親としては多少お金がかかっても今のうちにいろんなことを身につけておいてほしいのですが…。

 

習い事の数はいくつまでにした方がいいとか、基準のようなものがあったりするのでしょうか?

 

塾や習い事についてのベジさんの考えをきかせてください。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

ご質問ありがとうございます。

( ´ ▽ ` )ノ

 

とてもお子さん想いの親御さんですね。

 

無理やり続けさせることがないというのはとてもいいなあと思います。

(๑′ᴗ‵๑)

 

そして「将来のための」塾や習い事についてのぼくの考え、ですね。

 

もしかしたらご自身でもうっすらおきづきではないのかなと思いますが…

 

できることが多い方がよい、とは限りませんよ。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

 

 

これまで一般的には選択肢があること/多い方が幸福だと考えられてきたように思います。

 

もちろん無いよりはあった方がいいのですが、問題はその「質」です。

 

そしてその「質」とは、相対的ではなく絶対的に決まるものです。

 

その選択肢にどれだけ「社会が」価値を認めていようが、「本人が」価値を感じていなければ、すべてが無駄になるとは言わないまでも、ほとんど意味がありません。

 

【できる(ようになった)こと】と、【それをすることで得られるもの】がちゃんとリンクしてその人の心を満たすものであって初めて、人は幸福を感じることができるのではないでしょうか。

 

以前から散々言われていることですが、

 

これからの時代はゼネラリスト(なんでも人並みにできる人)よりもスペシャリスト(ひとつのことに秀でた専門家)が必要とされるようになります。

 

そしてそれは今後、より加速していきます。

 

なぜか?

 

どこかに勤めて働くことがマジョリティである時代は、まだしばらくの間は続くでしょう。

 

しかし、ですよ。

 

人工知能と機械で代替できる作業(※この先もどんどん増えていきます)があったら。

 

人権なんていうめんどくさいものがあって、最低限とはいえ給与と休暇が必要で、

 

文句を言う口を持ってて、急に病気で倒れたりストライキを起こしかねない不確実性(≒リスク)の塊でしかない人間を優先する理由って、

 

経営者の立場からすると何があるんでしょうか?

 

ここで理想を語ったところで現実のこの流れは変えられません。

 

できることが増えることによって、

 

将来お子さんは「現時点での」社会の尺度による豊かさ(幸福とされているもの)を、たくさん獲得しているかもしれません。

 

前述の通り、ここで「本人がどう感じるのか」が何よりも重要です。

 

「たしかに親の言った通りだった。言う通りにしていてよかった」と思うこともあるでしょう。

 

そこに本人が納得しているならばそれでいいんです。

 

ただ、そうでなかった場合は…?

 

今現在お子さん本人が反抗しないまでも、『しかたがないから塾や習い事に通う』と思っている場合、つまり少なからず「強いられている」と捉えたままで大人になった場合は…?

 

過去(こども時代)に埋めたくても埋めることのできなかった隙間を埋めようとする可能性は高いと思いますよ。

 

 

人は、ただ得られればいいのではないんです。

 

他人が決めた「どうやらじぶんを満たしてくれるらしいもの」を、本心から得たいとは思っていないものです。

 

 

 

「自分で得たいものを、得たい」んです。

 

 

 

ちょっと関係してるやつ

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習い事はどの程度にすべきか、なんて基準も目安もありませんよ。

 

お子さんが心から楽しんだり、止めてもやるようなものに出会えたら、できるだけやらせてあげてください。

 

いくらでも貪欲に吸収するはずです。

 

娘さんは「現時点では」、ピアノと書道でそうなる可能性は高いですよね。

 

ただ、一点注意してほしいんですが、

 

スペシャリストがより求められるようになるとは言いましたが、その分野の「頂点を極める」方向で目指すのはあまりおすすめしません。

 

(もちろん、本人がその分野で世界一になりたいと言ったら、頭ごなしに否定はせずにその意思を確認した上で全力で応援してあげてほしいです)

 

得意なものや好きなものをそれぞれ「かけ合わせてできる独自の分野」でのスペシャリストを目指すのがいいと思います。

 

単純に考えて、その方がより「尖る」ことができて、かつ自分の「面積」(≒闘える場面)が増えるからです。

 

(この辺は西野亮廣さんの著書でも読んでもらえたらより深く理解してもらえるんじゃないかなと思います)

 

まだそこまでのものをお子さんが見つけられてないなら、

 

なんとなく訊いてみてお子さんが「興味がある」と答えた習い事に【数打ちゃ当たる方式】で手当たり次第に通わせる

 

…のではなく、

 

『なぜそれに興味を持ったか』、

 

『どんなところが面白そうと思うのか』など、

 

しっかり対話してとことん掘り下げてからにしてほしいなと思います。

 

その子にとっての宝物を探し出せるスキルに出会える「精度」は、確実に高まると思いますよ!

( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

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