レクリエ日記(仮)

こどもが大好きで、こどもと遊ぶことを通して彼らの「生きていく強さ」を育てたい『こども王子/こどもの笑顔クリエイター』、 「ベジ」こと浅野暁彦のブログです。

三つ子の魂、あくまで。

「男は永遠の3歳児である」とかって言葉があるけど、

 

(今この瞬間だけ)レペゼン男として言わせてもらうと、

 

『なめんじゃねえ』って思います。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

それってだいたい女性側からの視点で、

 

どうでもいいことにこだわったり、くだらないことばかりやったり、

 

要は「いつまでたっても幼稚な男」が多いことを指してそう言ってると思うんだけど。

 

 

 

まあ、実際そうなんだけどさ。

( •̀ㅂ•́)و

 

(あれっ)

 

 

 

ただね、

 

それ個々の女性側の主観で見てて、

 

「世話を焼かされる」「尻拭いをさせられる」みたいなデメリットありきの視点で見たものいいだけど、

 

ぼくからすると、

 

「そう言う女性陣、あなたたちは【じぶんの中のこども】を、【3歳児マインド】を、どこに置いてきたんだよ?」

 

って言いたいの。

 

「なに【ママ】に完全変態(メタモルフォーゼ)しちゃってんの?」、

 

「いつからまんまの【オトナ】になっちゃったわけ?」って。

 

 

 

【目の前のことに全力投球マインド】

 

【全方位フロンティアスピリット】

 

とかに言い換えたらいいかな?

 

 

 

どうしてもぼくは、

 

社会人である前に、ひとりの成人男性

 

である前に、こどもが成長して大きくなった人

 

である前に、人間

 

である前に、地球に住んでいるいち動物

 

っていうように

 

「より大きなくくり/より本質的な捉え方」をすっぱり捨て置いたままではいられない人で、

 

「いかに自然に近いか、いち動物としてどうか」

 

ってことはたいせつにしたいと思っていて。

 

んで、

 

それでいうと

 

【3歳児マインド】って、いち動物としてド正解だと思うのですよ。

 

「なぜ山に登るのか?そこに山があるから。」とか。

 

ライト兄弟とかさ。

 

ヒトって空飛べないいきものなのに、

 

「空飛びたい!」つって、飛行機作って空飛んじゃうんだよ。

 

すごいよ。

 

そこにシビれる、憧れる人種です、ぼくはね。

 

だからさあ、

 

やっぱ視点の問題なんだよねえ。

 

ものごとには両面あるから。

 

ネガがあったらその裏はポジもちゃんとあるから。

 

ジャッジ、はいまだにぼくもすることもちろんあるけど、

 

みんなジャッジして終わり、

 

言ってみりゃ「断罪」で止まっちゃうこと。

 

その「ディスコネクション状態」にはいちいち異を唱えたいって思ってます。

 

のでオチも考えずに唱えちまいました。

 

すみません。

 

(これもおいおい加筆修正するかな)

さっと察せないからって

「察する」について。

 

「察しろよ」、「察してよ」って、できない人には無理ゲーだと思う。

 

同じ意味で「空気読む」ってあるけど、

 

「空気には色も付いてないし形がないよなあ」って思う人、いない?笑

 

ぼくは考え方が極端だったりしてどっちかっていうと空気読めない人だった(現在進行形…?笑)から、

 

「空気読めない」人がいても、あんま責めるきになれない。

 

「通常と異なる雰囲気」を察知するアンテナが「そもそもない」かもしらんけど、

 

あるんだけど、たまたまチューニングが合ってないだけなのかもしらん。

 

その場にそぐわない言動や行動をしてる人が「フィットする」それをできるようになるには、

 

まずアンテナでキャッチしなきゃだし、

 

かつ「どうやらこうした方がよさそうだぞ」って身に染みて理解せん限りはできないと思うけど、

 

裏を返すとそれだけでいいから、

 

ジャッジして壁作るんじゃなくて

 

すとんと腹に落ちるよう、教えたげたらいいと思う。

 

てかそうしてほしい。

 

ぼくの場合ずいぶん前から、女心というやつを受信するアンテナのチューニングを合わせるのがむつかしいっス…!(切実)

(´;ω;`) 

 

#まさかのオチ

「ちいさなわたし」に訊いてみる。

「これからどうしたらいいのか」の答えは、

 

「じぶんが」、「どうしたいか」から導けばいいんだけど、

 

その「どうしたいか」がわからなくて途方に暮れてしまうこともあると思う。

 

迷子になったら「現在地」を把握、が鉄則だと前に書いたけど、

recrea.hatenablog.com

 

「どうしたいか」は「今」のことであっても、

 

こどもの頃のじぶんに訊いてみたらヒントがもらえることも多い。

 

こどもの頃描いていたイメージを思い出してみてもいい。

 

「将来何になりたかったか」は思い出せるんじゃないかな。

 

プロ野球の選手」とか、「ケーキ屋さん」とかね。

 

で、

 

それそのまま叶えてあげてももちろんいいんだけど、

 

「何になりたかったか」は、

 

もすこし掘ってくと「どう在りたかったか」ってとこまで行ける。

 

プロ野球の選手」なら『かっこよく在りたかった』とか、

 

「ケーキ屋さん」なら『好きなものを自分で作れるよう在りたかった』とかね。

 

(※あくまでも一例ね)

 

それはじぶんにとってものすごく本質的なヒントになる(はず)。

 

 

 

それと、もいっこ。

 

こどもの頃、「(本当は)どうしてほしかったか」。(特に、親に。)

 

これは人によっては(ずっと蓋をしてきたことで)めちゃめちゃ怖いかもしれないけど、

 

言ってみりゃ「パンドラの匣(はこ)」で。 

 

開けたら大変なことになる、でもその中に「希望」がある。

 

「あの時してほしかったこと」を、ちいさなじぶんに訊いてみる。

 

長いことほかっとって拗ねとるかもしらんけど、ごめんねって言って、ちゃんと聞いたげる。

 

「それ」を叶えてあげたらいい。

 

そして「それ」はきっと、「これからどうしたらいいか」のヒントになるし、

 

「それ」自体が答えになったりもする。

 

つまるところ、やっぱり答えは「じぶん」の中にある、ってこと。

あなたの手のぬくみ。ぬくもりの味。

偶々、久しぶりに見た清田いちるさんのツイートがタイムリーだった。

 

 

 

 

 

昨日ママさんからこどもたちを預かって移動するとき、

 

両側で手をつないで歩いてて、

 

『ああ、手があったかいなあ。しあわせだなあ。』と思ってた。

 

胸のあたりがふわふわとほどけてって、

 

じわじわあったかくなってく感じを味わっていた。

 

唐突だけど、

 

ぼくが世の親御さんたちと決定的に違うであろうと思うこと。

 

それは

 

「こどもと一緒に居られる時間が永遠には続かないことを知っている」ということ。

 

時間が来たら、だいすきなこどもたちと(また会う日まで)お別れしなければならないということ。

 

「その時」は必ず来るということ。

 

厳密に言えばそんなの誰だって知ってることだとは思うけど、

 

親御さんたちはこどもたちをたいせつに、一人前の大人に育てようとしてるから、

 

一緒にいる時間がずっと続く前提でいる人たちが多いきがする。

 

ぼくの場合は「そうじゃない」ことを切実に「わかってる」。

 

だからこそ、

 

どうやってこどもたちを笑わそうか、楽しませようか、

 

一緒に笑おうかってことを意識して接している。

 

たぶんそれは、

 

ぼくがこどものことを心底信じていて、

 

好きすぎて、

 

憧れにとどまることなく、

 

じぶんの手を伸ばしその手を取ってよろこびあおうとすること、

 

それによってこどもからも好いてもらえるということに、

 

より力を与えているきがする。

 

「循環」する流れが完璧に構築されている、というか。

 

でもそれは特別なことではなくて、

 

誰にでもできることで。

 

「その味わい」を思い出すだけでよくて。

 

ただ、至極シンプルなことなんだけど、

 

そこに至るまでの道のりに、みんなそれぞれにハードルがあるのよね。

 

その「思い出し方」の説明を、もっとうまくできたらいいなあと思う。

君の手を離さぬように

前日夜に依頼があり、ママさんのピンチヒッターでのベジーシッターだった。

 

https://www.instagram.com/p/BvRLohtjdjS/

本日 #ベジーシッター かつ、宇宙元旦らしいので装いが冬バージョンから正装へ(๑ÒㅅÓ)ノ#冬用 #半パン から #春夏秋用 #ショッキングピンク #半パン へ#こども王子 #こどもの笑顔クリエイター #ベジ

 

こどもは、ぼくのことを「ベジちゃん」と呼ぶ5歳と3歳のやんちゃ姉弟

 

桜木町駅で待ち合わせ。

 

ぼくは基本的に近所の公園とか児童館行って遊ぶことが多いんだけど。

 (お金をかける必要はなくて、ぼくもこどももその時いる場所、あるモノで遊ぶことができる。楽しくしようと思いさえすれば。)

 

今回は潤沢すぎる資金を預かり、こども達のたっての要望でワールドポーターズのゲーセンやコスモワールド(遊園地)でこれでもかと遊び倒してきた。

 

 

かわいい&かわいい(※ベジはパンダがだいすき)

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先客がたくさん
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下調べしてったドラえもんのスタンプラリー。

こどもたちにオファーしたら案の定即答でやる、と。

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押し方が職人気質なおねえちゃん。
弟のぶんにも厳しいダメ出し(というかもうじぶんがやっちゃってる)。
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いっしょに連れてきたワンちゃん。

くたくた感がたまらない。
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スタンプラリーをあっという間に終えゲーセンへ。

マリオカート?のアーケード版
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シート位置を最前にして寝るくらいの姿勢にしてようやく足届くのギリ
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アンパンマンのもぐらたたき的なゲーム
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あ、先輩はたたかないでもらっていいスか…?
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サイゼでお昼。

「おひざの上だっこ」で食べたいとのこと。
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お昼を食べたらコスモワールドへ。

ふたりの視線の先には…?
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メリーゴーランドでした!

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ワールドポーターズ中のより本格的ででかかった!
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(わんちゃんも乗ってます)
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2回目(笑)。

(「椅子(ブランコ)に乗りたい!」とのことで)
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いつでもいっしょ。
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写真は全体のうちのごく一部。

(回数券はあるけど)フリーパスがないから飛ぶようにお金が減ってった。笑

 

 

 

締めは、コスモワールドの観覧車。

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風が強くて、乗り物系のアトラクションの多くがお休みになってたんだけど、

 

観覧車はふたり的にメインイベントだったし、

 

ふつうに動いてたからよかったー、って乗ってみたんだけど。

 

高度が上がるにつれ、

 

強風に煽られて揺れる揺れる

 

その度おねえちゃんが泣き出しそうになって。

 

高いところは割とへいきだけど、ぼくでも正直、ちょっとこわかった…!

((((;゚Д゚)))))))

 

でも

 

『ここで俺が怖がってるのがわかったら、この子をもっと怖がらせてしまう!』

 

と思って、

 

余裕しゃくしゃくのふりをしてみた。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

そんでおねえちゃん『あ、だいじょうぶなんだ…?』ってなってきたけど、

 

それでもまだちょっと不安そうだったから

 

おねえちゃんに「こわかったら、手ぇにぎってようか?」って

 

手を差し出したら

 

「いいから!うしろに背中ぺったんして、こっちきちゃだめ!」

 

って言われた。笑

 

そんで、

 

ベジのオファーは却下されたけど、

 

おねえちゃんは弟くんと手をつないで。

 

「だいじょうぶだからね」って。

 

おねえちゃんの顔してた。

 

 

 

なんか、すごくいいなあって思った。

 

“誰も触れないふたりだけの国”というか。

 

(ケンカもしょっちゅうしてるけど。笑)

 

それ見て、

 

ちょっぴり悔しくて。

 

でもそんなまごころの発露を目の前で見せてもらえて、

 

「それ」がほんとうにあるって再確認できるから、

 

ぼくはうれしくなるのです。

 

ありがとうね。

(๑′ᴗ‵๑)

 

 

 

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ミニマリストにあこがれて

今住んでいる家(相模原市)の取り壊しのため、5月末までに家を出ることになっていて、

 

『普通に部屋借りるのもいいけど、これは【旅するトランポリン】ツアーの時よろしく、アクティブホームレスになる流れか…?』

 

などと考えているところなのだけど。

 

そこは、ムダに持ち物が多いことで定評のあるベジ。

 

旅立つにしても、

 

家具家電はもちろん、大量の服や靴、CDレコード本その他もろもろをなんとかしないといけない。

 

『まだ使える』、『いつか使うかも』で溜まりに溜まった大量のモノをさて、どうしたもんかと。

(´・ω・`)

 

一年中麦わら帽子に半パン素足をトレードマークにしてからというもの、

 

圧倒的にコーディネートの幅が狭まったことで

(麦わらに半パン素足でリュックをしょってトレンチコートを着ている様子を想像してみてほしい)

 

身に付けるもののレパートリーがコンパクトに定まった。

 

音楽は音源を持ち歩かずに(iPhoneにすら入れず、)ストリーミングで聴くのが当たり前になった。

 

今年に入ってからあちこちベジ散歩行ってみて、

 

「生活」するのにほんとうに必要なものはでかいリュックがあればじゅうぶん入るらしいぞ、というのもわかってきた。

(๑ÒㅅÓ)ノ

(旅から帰ってきて家のベッドで眠るのは至福だなあとは思う)

 

というわけで

 

不要になるものを処分する

 

…のもいいんだけど、

 

有り余るものたちを、それらを必要とする/それらがあるとハッピーになる人たちに循環させていこうかなあと思っております。

 

そのアイデアもいくつか。

 

また追ってブログで書きまーす!

( ´ ▽ ` )ノ

 

(4月に入ってからかな〜)

勝ち組になろうとしたら、負け。

あんまり、ものごとを勝ち負けとかグラデーションのないもので単純に断じたくはないんだけど、

 

ぼくはこどもたちの「生きる力」「生きていく力」を育てたいと思っていて、

 

それについて説明するのにわかりやすいかな?と思ったので「勝ち負け」を使ってみる。

 

 

 

「生きてく力」は「生き抜く力」で、

 

それは「生きたい」というじぶんの願いから生まれるものだと思っている。

 

(「生かされる」とか「生きることを強制される」ことからは生まれにくい。)

 

じぶんの中から湧き上がってきたものじゃなければ、脆い。

 

何かイレギュラーな事態が起こると、かんたんに揺らいでしまう(ようなきがする)。

 

だから、

 

生き抜く力が備わっている状態を「勝ち」と定義した場合、

 

今ある安定や成功パターンに縋(すが)りつこうとしてる時点で、負け。

 

「人まかせ」だから。

 

これからの安定や成功パターンをその人が「作ろう」としてるなら、勝てる見込みが生まれる。

 

『別に負け組のままでいいし』も「負け」。

 

残念ながら、「生き抜く力」を備えていなければ、そのうち自然に淘汰されていく(はず)。

 

ただ、個々が弱いままでも生きていけるコミュニティやしくみをつくろうとしてるなら話は別で、

 

それも広い意味で「生き抜く力」だと思っている。

 

「自発的」かどうかは、ものすごく重要なポイント。

 

どれだけ勝ち組のレールに乗っても(じぶんのこどもをそれに乗せても)、

 

じぶんの中から湧き出てくるものがなければ、

 

「ほんとうのところ」は、ずーっと不安定なままだと思うよ。

 

 

 

勝ち続けられる道を行くのでなく、

 

何度負けても立ち上がり歩いていける力を育てよう。