レクリエ日記(仮)

こどもが大好きで、こどもと遊ぶことを通して彼らの「生きていく強さ」を育てたい『こども王子/こどもの笑顔クリエイター』、 「ベジ」こと浅野暁彦のブログです。

キセキの軌跡 〜ぼくらがタイへ旅に出た理由 【DAY 1】

以前の記事

recrea.hatenablog.com

の続きです。

 

前回はタイ初訪問に至るまでの経緯をざっくり書きましたが、その本編をようやっと書き始めます! 

 

初めての、タイ。

それは「世界を笑顔でつなぐ旅」をする石原舞さんにぼくを含め4人で同行して、

タイ最北部の街チェンライの「とある場所」に住んでいる少数民族の女の子「マリー」に、

サプライズでトランポリンをプレゼントしに行く旅だった。

そしてぼくにとっては、大袈裟でもなんでもなく、まさに「奇跡の旅」になった。

 

 

2016年12月19日(月)

 

 

午前9時15分のエアアジアXJ601便にて成田を出発して6時間超。

 

 

 

 

 

午後2時過ぎに…

 

 

 

 

バンコクドンムアン空港に到着!

…したものの。

 

降りたばっかでまだ冬の格好。

 

 

イミグレでさっそく足止めを食らった。

 

なぜか?

通常、アライバルカードというものにその国での滞在先を書くのだけど、

その日の夜行バスでチェンライに向かう予定になっていたので当然宿は取っていなかった。

そう説明すると、「じゃあ帰国便は?」と係官。

帰国便が予約済(ノービザなら1ヶ月以内の便)であればよかったらしいのだが、まだ決めていなかった。

 

係「それじゃあダメね。ここで今、今日の滞在先ホテルか帰国便を予約して。」

 

ベ「だから今日は夜行バスで車中泊だし、友達とチェンライに行ってそれから宿決めるんだってば!」

 

係「じゃあ帰国便ね。」

 

交渉してどうこうじゃなさそうなので空港のフリーWi-Fiをつかまえて、skyscannerで検索しようとしたらすぐiPhoneが電池切れになってしまった。

「はっ!そうだ!これ見せてそのまま乗り切っちゃえ!」と電源の入らないiPhoneを見せる。

 

係「はー…しかたないわね…。こっち来て。」と、促されついて行く。

 

出口方面に案内されるのかと思いきや、

彼女のデスクであろう机の引き出しを開けてぼくに差し出されたものは

iPhoneの充電ケーブルだった。笑

 

要は、「これ貸してやっから充電して、そんで帰国便をとりなさいよ」と。笑

 

まじかー!と思いながらも逃げられないので検索画面とにらめっこすること数分…。

 

係官に声をかけられた。

その時はなんて言ったのかわからなかったけど、多分「しょうがないから今回だけだからね。次はダメよ。」とかそんな感じだったのだろう。

到着ロビー方面を指差し、「OK?」と訊くと「うんうん」と頷いてた。

ようやく無事?入国でき、到着ロビーへ。

  

 

 

今回の旅は、舞さんの他に2人の仲間がいて、ぼくを合わせてメンバーは全部で4人。

ぼく以外の3人はカンボジアプノンペンから一緒で、長距離バスを使って既にバンコク入りしているとのことだった。


ベンチに座ってフリーWi-Fiをつかまえて、まずは舞さんに無事ドンムアンに到着したことを連絡すると、

市内にあるMo Chit2(モーチット2)という大型バスターミナル横のカフェでみんなで待っているとのことだった。

 

「ドンムアンからだとタクシーで来るのがいいと思うよー!ターミナルの脇にあるAmazonってカフェでお茶してるから!あ、モーチットってバスターミナル2つあるらしくて紛らわしいんだけど、1じゃなくて2の方ね!!」


「ちょ、まぎらわしいのあんのかーい!」と、ちと不安になったが、

とりあえず到着ロビー内の銀行で現地通貨のタイバーツ(THB)に両替。

 

 

 

 

公式?の乗り場があったのでカウンターの人にiPhoneGoogle Mapの画面を見せながら

“I wanna go to Mo Chit 2 Bus Terminal!” と告げ、タクシーで向かった。

(オフィシャルの手数料が50THB?かかった。)

 

 タイはカラフルなタクシーがたくさん

 

デフォルトで車線が4つくらいあって、それでも空港付近はちょいちょい渋滞気味だったが、20分位で着いたと思う。


外見は、でっかいスタジアムのようだった。

 

 

 

案内図のようなものが見当たらず建物の外周を歩いているとすぐ、Cafe Amazonを見つけることができた。

 

店内に入り、無事合流!!(´;ω;`)

舞「ベジさーん!」
べ「ほんとに来ちゃったよーー!!!」

初顔合わせの他の2人(しほさんと、ヒデさん)とも互いに自己紹介。
してて、

この旅の間だけのあだ名「ツアーネーム」をつけてるという話をされた。


トランポリン出して遊ぶ時、日本人の名前だと発音しにくかったりするみたいだから
わかりやすくて言いやすいあだ名を作ることにしたんだと。


舞さんは、カンボジアでも使ってる「まいまい」

 

しほさんは、「ぱーにゃ」

由来は…少し前にすごくおいしいと思ったシャンパンがあったから、とかだったかな?笑

 

ヒデさんは、「わんわん」

由来は、名字がシバ◯ → 柴犬 → 犬 →「わんわん」!だって。 

 

あ、ベジはそのままベジでいかせてもらうことにしたー!

 

 

そして今日この後のことについて軽く打ち合わせをし、

チェンライ行きのバスが夜なので早めの夕飯でも食べつつ時間調整をしようということに。

 

外に置いてあった分解してあるトランポリン(分解してあってもでかい!)を担いでターミナルの中へ。

 


ターミナル内のフードコートではベジ向けのが見当たらなくて、

なるだけ肉が入ってなさそうで、入ってても目視でよける作戦でチョイスした。

 

 

あと残念だったのはコンビニを含めていくら探してもビールというかお酒を売ってなかった泣

 

セブンにてぱーにゃと。「棚が高ーい!」

 

 

わんわんと食後に歯磨き。似てるふたり。

 

 

バスがいちいちでかい。

 

 

グレード高めのやつを予約してもらってた。

バスの中。豪華!

 

 

けっこう空調効いてたので各自風邪対策

 

 

水とお茶、軽食が配られる

 

 

 

VEGAN!(「素」はベジ向けの意)

 

 

クッキーと菓子パン

 

 

途中の休憩地にて 

 

お坊さんを祀って?ある

 

 

 

食堂

 

 

わんわんはフルーツ買ってた

 

 

各自買い物やトイレを済ませ、再び出発。

 

 

朝焼け。

 

 

朝は朝で軽食あり。豆乳とビスケット。

 

景色が街っぽくなってきた。

 

早朝、

およそ11時間をかけ、チェンライバスターミナルに到着!

 

 

 

次回、チェンライ編の始まり

 

【DAY 2】へ!

 

つづく!!

STORY WRITER 〜想いを届けたいのなら、「伝わる」ように伝えよう〜

知ってたつもりだったけど、

わかってはいなかったこと。

 

この広いインターネッツをご通行中の皆様、

何度も言わせていただきます。

 

 

ぼくは

「こどもと遊びたい」し、

それを通して

「彼らの(本当の意味での)『生きる力』を育てたい」し、

「世界中のこどもたちのお父さん/お兄さんになりたい」し、

アンパンマン(のような人)になりたい」。

 

これまでもそれらのことは言ってはいた。

けど、言ってただけだった。

おそらく、想い、というか考えていることを人に「届けた」ってだけで、

今これを読んでくれている「あなた」のこころの中に、それらを「点」で存在させてしまってるんだ、と思った。

刻みこむまでには至ってないんだ、と。

 

ぼくのことを既にものすごく信頼してくれて、応援してくれてる「あなた」がいるのもわかってる。

ただ、そんなあなたにも、「もっと」伝えたいんです。

 

だから
それらのバラバラに存在する「点」を、「線」で繋がなくては、と思った。

 

ちゃんと伝えるためには、伝わるように伝えなきゃだめで、

そのためには、「ストーリー」にしたらいいんだと思った。

 

そう、先日、

何度もシッターをリピートしてもらっている秋田由理さんによる、

彼女が教える「算命学」の3人のお弟子さんたちとのミーティングに招いてもらって、

ぼくの「人生」や「宿命」について鑑定してもらったのだけど。

 (※ちなみに由理さん個人鑑定は今、お客様からの紹介制でやっていらっしゃるとのこと!)

 

 

その人の表す「命式」と呼ばれるものはひとつしかないんだけど、

その読み解き方は鑑定する人次第なんだって。

お弟子さんが鑑定してくれてもらったコメントにはたしかにちょっとずつ表現が違っていたりして。

それぞれに「なるほどなるほど〜!」と思っていたんだけど、

お三方の後に、由理さんがぼくの命式から感じとったことを伝えてくれたのね。

 

それで、それを聞いてたら、

ぼくが自分で自分を持て余していて、今まで生きづらくて苦しくて悲しかったことが、

「意味」が通って、全部つながって。

 

 

すごく「納得」した。ハラに落ちた。 

 

『ようやく…ようやくわかってもらえた…!!!』

 

というきがして、思わず泣きそうになった。

ぼく以外全員女性(由理さんの娘さんも横にいた)で、必死でこらえたけどね。笑

 

その時、由理さんは

 

「(算命学の鑑定は)ストーリーだから。全体で見て、それをストーリーにして、伝える。」

 

ということを言っていた。

 

そう、「それ」なんだと。

「それ」を忘れずに、ずっと心臓の近くに置いたままで、

もう一度「あなたに」伝えさせてほしいと思っています。

 

どうしても知ってほしいし、できたらわかってほしいから、あなたに伝えたいんです。

だから、

もう去年のことを、もう遅いけど、今さらだけど…、

もう一度、ぼくの「ストーリー」を綴っていきます!!

 

どうか、もうしばらくぼくにお付き合いください!!!

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

 

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recrea.hatenablog.com

これの続きを、これからあらためて綴っていきます!!

 

 

P.S.

いつも助けてくれて、ありがとう。

 


Storywriter-Supercar

 


【路上LIVE】銀河鉄道の夜 by 不可思議/wonderboy

俺ファースト and the ギブギブ気味ーズ 〜ギブとテイクと循環と〜

今日も実体験を元に考察するシリーズ(?)、

今回は「ギブ&テイク」と循環について。

 

同じギブとテイクであっても、

うまくいく形とそうでない形がある、という話。

順番に挙げていこう。

 

 

【ギブ&テイク】

 

与えると、もらえる。

もらったら、与えたくなる。

これがいわゆる基本の形だと思う。

 

AとB、ふたりの人がいたとして単純化すると、

「きもちを乗せたモノやコト」(以下、「愛」とする)がAB間を1往復することでプラマイはゼロとなり「循環」が完成し、

AとB、ふたりの人間がハッピーになってフィニッシュ。

(ここではAB間に発生するであろう次の展開(往復)については割愛するけど、続いていく「可能性」は充分「ある」。)

 

 

【テイク&テイク】

 

意図してもらっていくばかりで与えないのは、第三者から見ると「一方的に奪っている」状態。

AがBからどんどん「愛」を奪っていく。

それを甘んじて受け入れてくれる人は、無尽蔵の愛を備えた人でなければ、

よほどのドMでしょう。笑

「愛」が移動した軌跡は一方向で、Aひとりだけがハッピーになってフィニッシュ。

その次への展開がない、続かない(可能性が高い)。

 

 

【ギブ&ギブ】

 

意図して与えるばかりでもらわないのは、第三者から見ると「一方的に捧げている」状態。

AがBにどんどん「愛」を捧げていく。

「愛」が移動した軌跡は、これも当然一方向で、Bだけがハッピーになってフィニッシュ。

「のように」見える。少なくとも第三者の視点では。

その次への展開は?

「ただ与えることもAにとってはハッピーなのだ」とBが納得していない限りは、続いていかないのだろう。

 

ぼくが無償でベジーシッターをやっていてハマったのはここなんだよね。

 

誓って言うけど、

ぼくはシッターの対価を設定せず、報酬をもらわないことで、自分を犠牲にしたことは一度もない。

「がんばった」ことは何度もあるけど、それも無理のない範囲で、だ。

 

ぼくはこどもと遊べるだけで本当にハッピーだし、都度それを伝えてはいたのだけど、

そこに納得感を持ってもらうには至らないことがあったのだと思う。

 

ただそれに加えてぼくは、

「条件なしに優しくされていい、そういう世界はある」

って思ってて、

自分が実際にやってる限りはその世界はリアルに在り続けるわけだからやってたし、

それがもっと一般的に、当たり前になったらいいなと思ってた。

 

“Pay Forward (ペイ・フォワード)”

いわゆる「恩送り」の試みでもあった。

結局は巡り巡って還ってくるしなー、って思ってた。

 

 

上記の説明を「ペイ・フォワード」に当てはめると、

「愛」が移動した奇跡は一方向ではあるけれど、直線ではなく緩やかな弧を描いていて、

最終的におーーっきな円になって自分のところに戻ってくる。

「循環」はしっかりと完成し、フィニッシュ。ってこと。

 

だからぼく的にはほんとになーーーーんも問題なかったんだけど、

 

結局のところ、

(誰もがそうだけど)「自分本位」という形から脱した状態にできず、ぼくのエゴを押し付けてただけだったんよね…。

「こうなるはずじゃん」っていう理屈を、イメージをちゃんと描いて、ちゃんと相手とシェアできてなかった。

 

でも、

その「軌跡」、そのルートの上を「愛」がちゃんと循環するイメージを目に見える形で提示できたら、

それは実現するってこともなんか、確信した。

 

『あ、シンプルにそれだけだわ!』

 

って思ったん。

 

ベジーシッターを料金制にすることを決めた時点では、

もうそうするしかないんだってことは自分でわかってたから発表したんだけど、

それでもまだちょっとモヤってた。

 

でもね…

 

 

そんなにまだずっと先がはっきり見えてるわけじゃないけど、

それでも今はもうスッキリしたよーー!!

 

こんな僕にやれることはこれしかないって気がするんだ

だから、

こっから「循環」、させてきまーーす!!

+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

 

 

 

P.S.

今日のサブタイは

パンクバンドのMe First and the Gimme Gimmes から!

(๑ÒㅅÓ)ノ

憧れだけじゃ本当は何も見えないなって思うから

「望み」の話。

 

思いがけず、望みが叶ってしまうということはままあると思う。

 

漁夫の利、棚ぼた、勿怪の幸い。

そういったもの。

 

それはそれでLuckyってことでいいんだけど、

より強い望み、 「願い」とも呼べるものは、「正しく」願わないと「正しく」叶わないきがしている。

 

ちなみに、たとえ方法を知らなくてもその願い方が「正しい」レンジの中に収まっていれば、結果として叶うはず。

そういうふうに、「なっている」。

これは、実体験から導き出した仮説。
 

そう、

今日は、望みは望みでも、

「希望」と「願望」の違いについて書きたいと思ったんだ。

「〜だったらいいなあ」と「〜でありますように」 の違い。

 

それともまた違う表現…んーと、

 

『信じるものは救われる』

 

ってのがある。

 

あれって確かにそうなんだけど、

より正しくは、『信じるものは辿り着く』だと思う。

 

もっと言うと、『信じるものは帰り着く』とでも表現できるっぽいんだけど、

それは体感してないからなんとも言えないんよね。

ていうか3次元の中で生きている限り、そもそも知覚はできないかもだけど。(´・ω・`)

 

有名なところで言うと、

引き寄せの法則」だったり、『思考は現実化する』、かな。

 

ある「願い」があって、それを信じてる度合いが100パーセントだと、「叶う」。

というか、「叶う」ことしか起こらない。(…はず。仮説だからね。)

じゃあ100パーセントでないと、もし99パーセントだったら叶わないか?といったらそんなことはなくて、

まさに「可能性」、その「確からしさ」がその分だけ目減りするってことだと思う。

 

てことは、100パーセントの状態で在り続けることが理想なのは言うまでもないけど、

とはいえ人間は不完全だから、きもちの波があって、「ゆれる」。

容れ物であるからだの状態にも左右される(互いに繋がっていて、影響しあっている)。

 

たぶん、「願い」を現実のものにするために大切なのは、

できるだけ速やかに「そこ=100パーセント」のところまで戻ってこれるようにすることだ。

「そこ」にいる瞬間を増やすこと、そして、それを「自分自身の意思によって」コントロールすること。 

それだけなんだと思う。

 (そうできるようにするのにはトレーニングが必要だとは思うけどね。)

 

「強く願う」=「覚悟を決める」と言い換えてもいい。

だとしたら、覚悟を決めなくても叶えられることなんて、たかがしれてるのかもしれない。

 

より広い意味では、「強く想う」ってことかなあ。

 

好きな人を見るとき、

あなたは可能性の塊だぜ、って思う。

(おんなじことをあの人は「Baby、きづいてるかい?お前はスターだぜ?」って言った。)

おれ、超信じてる。

その時たまたま弱ってて、その光が消えそうになってたとしてもだ。

 だから自分のことを虐げてたり、侮ってる人を見ると、ざけんなって思う。

だから胸ぐら掴んで、「てめえは、そんなもんじゃねえだろう!」って言いたくなる。

 

それを、人から胸ぐら掴んで言ってもらえるのを期待してたんだと思う。

「でもできるだけ優しくしてよね」なんてことを同時に望むというゼータクな注文を人にしていたんだと思う。

長いことLuckyを待ってた。

でも、もう「きづいちゃった」から、そろそろ自分で自分に言わなきゃだめなんだと思う。

(それはこの先、人の力を借りてはいけないってことでは決してない。)

 

「憧れる」ってことは、それに手を伸ばしているようでいて、自らをその一番遠くへと遠ざけてしまう行為なのかもしれない。

 

「辿り着く」ために、一歩を踏み出すことはできてきた。

そしたらその次は、歩きながら「どうしたら歩き続けられるか」だけを考えればいいはずだ。

 

途中で立ち止まっても、いい。

今の俺が未来のお前に許可を出す。

あきらめてかまわない。何度でも。

だいじなことはそんなんじゃない。

 

どこへ向かっていいかわからずに、もう何回も「死んで」きた。

それでも、どうにかこうにかここまでやってきたんじゃないか。

 

憧れるのはもうやめにしよう。

「目的地」は決まったんだから、「辿り着く」という覚悟を決めよう。

 

 今よかちったあ楽になんだろ!(๑ÒㅅÓ)ノ

「フロム・ザ・ダディ・バンク・オブ・ザ・ウィッシュ」かー!(※「お父さんバンク」について)

「これから」のベジーシッターの番外編として、

「お父さんバンク」のことを紹介させてもらいます。

 

 

今ベジはこの「お父さんバンク」なる仕組みづくりのメンバーに加わっています。

 

 コンセプトは

 

「得意技」を持て余しているお父さんと、それを必要としているシングルマザーを繋げる

 

というもの。

 

友達のFacebookの投稿でこれを見たとき、

 

(´-`).。oO(ん…?シングルマザーに限定こそしてないけど、俺これもうやってるじゃん!

 

と思った。笑

 

 

ぼくが得意な「こどもと遊ぶこと」を、助けてほしい親御さんたちに

仕事としてではなくあくまでも「楽しみながら」提供する。

2年前から既にその世界観で生きてきてたので、このグループに参加するのは自然だった。

 

 

今後ぼくのベジーシッターはビジネスになるので有償ですが、

「お父さんバンク」を通じてぼくを呼べる日というのも作ろうと思っています。

 

「お父さんバンク」に関しては「趣味」としてやっていこうか、ということです。

 

まだ構想が走り始めたばかりですが、

きになる方は、ぜひチェックしてみてくださいね〜!

( ´ ▽ ` )ノ

 

 ↓ ↓ ↓


【お父さんバンク】Facebookページ

 

(※Facebook利用者じゃないと開けないかも?見られなかったらごめんなさい!泣)

 

 

 

P.S.

サブタイトルはNirvanaのライヴコンピレーションアルバム、

“From the Muddy Banks of the Wishkah”から。

 

中でも特にこの曲が大好きです!!

この曲のこのテイク…血湧き、ベジ躍る!!!

 (๑ÒㅅÓ)ノ

 


Nirvana - Tourette's (Live at Reading 1992)

「明朗会計 べジーシッター!」(料金について)

「これから」のベジーシッター、

今日は料金についてお知らせします。

あとなんでこうしたのかってのもちょいちょい説明していきます。 

 

こうなります。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

《ベジーシッター(出張託児)料金》

 

【出張料金】(交通費等を含む)
東京都・神奈川県内
→2000円
※交通費等が超過した場合は実費を追加

 

【基本料金】(こども1人)
往復にかかる移動を含む拘束時間
・5時間まで
→5000円
・5時間超〜10時間まで
→10000円

拘束時間が10時間を超える場合は応相談

(※上記全て消費税込)

☆複数人数の場合は、兄弟姉妹であれば追加1人につき基本料金の半額

 

【キャンセル料】
予約の前日18時以降のキャンセルについては、キャンセル料として基本料金の全額をお支払いいただきます。

 

【その他】
深夜早朝の時間帯や遠方、宿泊を伴う託児、またイベントでのご依頼については別途相談を承ります。

 

【重要事項】
お預かり中はこれまで同様、お子様の安全に最大限の注意を払いますが、万一事故やケガなどをされた場合、今後は当方では責任を負いかねます。
これまではビジネスではなかったので個人的に、個人賠償責任保険にて万一の場合に備えていましたが、今後はシッターのサービスをビジネスとして提供していくことで同保険が使えなくなるためです。
今後は、事故やケガについて自己責任である旨同意していただくことがシッターご依頼の条件となります。
ご心配な方は、事前に各自でお子様の傷害保険などにご加入いただくことをお勧めします。

 

【ご依頼方法】
FacebookTwitter、LINEなど各種SNSメッセンジャー、メールにて
ご希望の日時や場所、託児の内容などをご連絡ください。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

ほい。

こっから項目ごとに説明していきます。

(だいたいぜんぶについて悩んだし迷ったのです(´・ω・`))

 

 

【出張料金】

 

料金が発生するのは実拘束時間だけでいいかなと思ったんだけど、

その都度交通費があるわけで、実費にすると、

調べるのにぼくだけでなく、小銭が出てくるから親御さんにも面倒かなと。

新生ベジ生みの親のママ友さん二人からの「明朗会計でお願いします!」という要望が根っこにあり、

とにかく「わかりやすさ」を優先しています。

 

それで一律料金にしました。

ぼくは相模原市に住んでいますが、

例えば新宿駅・渋谷駅なら1000円あれば往復できるんだけど、

複数の鉄道会社乗り継いだりすると足が出ちゃう。

これまでの傾向で、だいたい2000円あれば足りる感じなのでそう決めました。

 

ちなみに、

ニーズ無いと思うけどぼくんちに来てくれたら当然だけど出張料金はかかりません。
来てもらうには部屋片付けなきゃならんな、どうしような…笑

ぬいぐるみとあと絵本はけっこうある。

あとごはんはベジ料理をぼくが作るよ!( ´ ▽ ` )ノ

 

 

【基本料金】

 

これもほんとに迷いました。
小刻みに、例えば1時間ごとの料金にした方が親御さんからするとうれしいとは思うけど、

ここはわかりやすさ/覚えやすさと、ぼくの都合を優先させてもらいたい。

これまでの傾向では、だいたいはドアtoドアで1時間はかかってて、

そうすると5時間の料金では単純計算して託児は実質3時間になるけど、

だいたい少なくとも2〜3時間以上のご依頼が多いので。

基本料金のみで考えて拘束時間を時給にしたら1000円なので、決して高くはないかなと。

 

【キャンセル料】

これまで何度もダブルヘッダーもやってきてますが、

基本的に1日に1件の受付にしてる(親御さんのお仕事の都合などでお戻りが2〜3時間遅くなったりすることもままあり、後の予定は入れていない)ので、

キャンセルになるとまる一日分のお仕事がなくなってしまうのです。

 

【その他】

「こういう内容なのですがダメでしょうか…?」とよく聞かれるのですが、

基本的にNOと言いたくないので、とりあえずなんでも相談にのりますよ、ってことです。

(๑ÒㅅÓ)ノ

 

【重要事項】

これは内容そのまんまですね。

とりあえずは、こうじゃないと「始められない」。

いずれは賠償責任保険などをぼくの方でカバーできたらいいなあとは思っています。(๑ÒㅅÓ)ノ

 

【ご依頼方法】

今んとこ申し込みフォームとかないので、連絡手段はなんでもいいです。(੭ु´͈ ᐜ `͈)੭ु⁾⁾

(だからって狼煙とかモールス信号はNGね♪笑)

 

 

とりあえずこんな感じです!

よろしゅう!

( ´ ▽ ` )ノ

 

 

P.S.

サブタイトルはあれです、「機動戦士ガンダム」、「交響詩篇エウレカセブン」、「天元突破グレンラガン」みたいな…。

「べジーシッターの料金についてのご案内」とか、初めて普通のサブタイにしようかと思ったんだけど、やっぱりやだです!で。

でも説明しないときづいてもらえないと思って書きました。笑

「これから」のベジーシッターの話をしよう

前回 

recrea.hatenablog.com

 

からの続き。

 

個人による出張シッターという概念、そしてそれによってこどもを中心に家族の笑顔が増えるというイメージ。

それらの「広がり」という点と、

アンパンマンになりたい」というぼくの夢。

そのふたつが、「このままでは難しい、遠いな」と感じていたところ。

 

先日、何度もリピートしてもらっているママさんの久しぶりのシッターご依頼から話がふくらんで、

同じくリピートしてくれているママ友&お子さんといっしょに2家族+ベジでお泊り会をしてきたんだけど、

(楽しすぎてこどもからお泊りおかわり!のリクエストがあり、結局2泊になった!笑)

3日目の昼にママさんのおうちで、こどもたちはゲームしたり、ぼくら大人3人は互いの近況報告などをしていた。

 

その中でシッター活動開始当初からの「おきもち制」というスタイルについての話になったのだけど、

ベジ的にちいとばかし、否、だいぶショッキングな話をされたのです。

 

その時の話の趣旨をまとめて、また箇条書きにしてみます。

(書いててまたちと胸が痛いけど(´;ω;`) )

 

 

・ぼくが受け取り下手なことで、相手を苦しくさせてしまう

 

ぼくとしては、ただでさえこどもたちと遊ばせてもらってありがとうなのに、

おきもちまでいただいたら、「盗人に追い銭」ならぬ「遊び人に追い銭」である。

だから時に『申し訳ない』ってきもちが出てしまうんだけど、

 

マ「お金も『愛』だし、ママたちからしたってほんとにありがたいしベジさんにあげたいんだから、遠慮なく、喜んで受け取ってほしいんだよ」

 

マ「ていうか申し訳なさ出されると、喜んでほしかったのにそのまま受け取ってもらえないことでテンション下がる」「だよねー」

 

マ「それに、ベジさん固定収入ないんだから、お金なくて死なないまでも病気になって倒れちゃったりしたら、『わたしがあの時もっとお金を渡していれば…!』ってなっちゃうじゃん!」「うん、それほんとかんべんですよ」

 

マジかー!(´;ω;`) 

 

 

 

・人に紹介をする時…とてもめんどくさい!

 

お二人には、ぼくのことをたくさんの方に紹介してもらっている(いつもマジがとうございます!!(´;ω;`) )のだけど、

その際、「おきもち制」というスタイルは紹介する側にとってとてもやっかい、とのことだった。

 

なぜなら、「今現在一般的でない」こと、「基準がない」ことによって「これこれこう!」という説明では済まないのだそうだ。

そしたら、「なぜそういうスタイルなのかとかその人に直接説明するから、連絡をぼくに振って〜」と言ったのだけど、話はそう単純ではないらしかった。

それをすれば確かにぼくの理念?はわかってもらえるかもしれない、けどその人たちからすると、

『相場より少ない額→ベジさん不服→紹介をしてくれた◯◯さんに対して失礼になる→それはいけない!』という意識が働いて、

結局「みなさんはいったいいくらくらいを払われてるんでしょうか…?」って話になるんだよ、

だからベジさんに説明してもらったとしても意味ない、と。

 

  

マジかーー!!(´;ω;`) (2回目)

 

 

ならない!

不服に!!ならないから!!

遊ばせてくれるだけでそれはもう「ふくふく」してっから!! (´;ω;`) 

 

よく「ほんとにタダでいいの?」ってきかれるけど、

「いいよー!( ´ ▽ ` )ノ」って言って、交通費のみをいただいても、

ぼくはこどもと遊ぶのがほんとに好きなんだってわかってもらえたーと思って、それもすごくうれしいんだけどね…。

 

ほんで、

そのママさんたち的には

「明朗会計の料金制にしてもらえると、紹介するにもすごく助かる!

それに名実ともにプロフェッショナルなわけだから、初めてのママさんたちもより安心感が増すよ!」

ってことだった。 

  

 

そして、ぼく的に一番シビアだったのがこれ。

 

 

・すごく助かる、けど…同時に家庭に問題の種を撒いてるんじゃない?

 

これまで、シッター依頼は全てママさんたちからだった。

パパさんたちと直に接することも何度もあったけど、依頼はママさんたちから。

 

ぼくはこどもと遊べてうれしい→ハッピー。

こどもはハードに遊んでもらえてうれしい→ハッピー。

親御さんはこどもを見てもらえて助かる上、楽しませてもらえてうれしい→ハッピー。

 

「三方よし」でみんなハッピーやん、と思っていた。

 

が。

 

突きつけられたのは、

「親御さん」とひとくくりにしてではなく、「パパさん」のきもちにクローズアップしてみた時、

「果たして彼らはほんとにハッピーか?」

という問いだった。 

 

要は、

パパさんたちの立つ瀬がないんじゃない?ってこと。

 

それは以前から実際にパパさんである友人からも指摘されていたし、自分でもわかっていた。

 

「そりゃあ父親なら誰だって自分のこどもと遊びたいよ。喜ばせてあげたいよ。

でも父親一家の大黒柱であることが多いし、家族を養う責任を背負ってる。

きにいらないやつにも頭を下げて、必死に、それこそ身を粉にして働いてる。

たまの休みの日にこどもに遊んでって言われてもきもちと体がついてかないこともある。

そんなところに、どこの馬の骨ともしらない男(ベジ)が颯爽と現れて、超楽しそうに遊んで、

結果こどもとママにキャーキャー言われてる。

そんなの、たぶん手放しで喜べないよ。

俺はベジ君のこといろいろわかってるからいいけど、ベジ君のこと知らない父親たちからしたら

『おいしいとこだけ持っていきやがってなんだあの野郎は』ってなるんじゃない。」

 

そういう心の動きがあるだろうことはわかってたけど、

役割分担で、できる人ができることやって、それでこどもが笑えるならいいじゃん、

ぼくは敵じゃなくてパパさんあなたの味方だよ、協力していっしょにこどもを育てていこうよ、

それはできる、って思ってた。

 

んで、ママさんたちとの話に戻ってくるけど、

…実際にはそうはならないんだって。

 

パパさんたちのそのもどかしさが、やりきれなさが、いらだちや怒りになって、ママさんやこどもに向けられてしまうんだって。

 

そうするとどうなるって、

ケンカになるよね。

いいとこ不機嫌でとどまったとして、

その空気が、ひいては家庭内不和につながってるよ。

てか、そういう話実際に聞いてる。

でも善意でやってくれてるベジさんには、どうしてくれんのってあたることどころか、

それを話すこともできないんだよ、って。

 

 

……

 

………

 

 

マジかーーー!!!(´;ω;`) (3回目)

 

 

それ聞いて、

 

凹んだ。

まじで凹んだ。

 

ひょっとして、おれシッターなんてやらないほうがよかったんじゃないかと思った。

あくまでも自分のためにやってきたけど、

自分が好きなことでひとのためにもなるなら素敵じゃん、って

自分が関わった家族がハッピーになるなんて最高じゃん、って

よかれと思ってたけど、全然よくなかったのか、って。

 

もちろん全部のご家庭がそうなわけじゃないよ、と言ってもらえたけど。

 

 

ぼくの中に「受け取る」ということにブロックがあるままで、

そしてパパさんたちのきもちについてなおざりにしたままでは、

みんなから愛されて信頼される「アンパンマン」になるのは難しいんじゃない?

 

でもベジさんが趣味だったのをビジネスにして「お金をもらう」って決めることで、

それらをまるごと解決できるんじゃない?

 

って。

 

こどもを見てもらうためのお金を「払わせてあげる」こと、

(ママさんもだけど)特にパパさんたちの「愛」を発揮できる流れを作ってあげることで、

それが循環していって、みんながハッピーになるんじゃない?

 

って。

 

必要なのって、もうベジさんが「受け取る」覚悟するだけでしょ?

とはいえベジさんの人生だから、どうしても「趣味」でやり続けたいんだったらしょうがないけど、

そのままで「アンパンマンになりたい」って野望も捨てないって言われたら、

それはずるいと思うし、応援したくない。

「俺アンパンマンになるために覚悟決めます、ちゃんと受け取ります!」

って言ってくれたらうれしいし、これからも超応援したい!

 

って。

 

ぼくはそれでウンウン唸って、しばらく黙り込んでしまったけど…。

 

 

やっぱり、アンパンマンにはなりたいと思った。

 

大人みんながこどもに優しい、

「自分たちが育てなきゃ」じゃなく「みんなで育てたい」って自然に思えてる、

みんなハッピーな世界が見たいと思った。

 

だからそこでもう、選択肢は他になかったのです。

「こっち」を歩いてくんだな、ってのはその時点でもう決まってた。

(発表するまでに数日かかったけど。)

 

 

というわけで。

 

(だいぶはしょったり、セリフをわかりやすいよう意訳してたりするけど、)

これが、「これから」のベジーシッターが新たに生まれた、「誕生日」のお話でした。

 

 

内容的にとても言いにくかっただろうし、ぼくは素直に言うこと聞かない頑固者だし、それでも付き合ってくれて、新たなぼくを誕生させてくれたママ友のお二人に、超ありがとう。

文章を通じて、誕生に立ち会ってくてた皆さんにも、ありがとう。

 

 

さて。

ベジは果たしてほんとうに「アンパンマン」になれるのか?

 

それは…「これから」のお楽しみ!笑