レクリエ日記(仮)

こどもが大好きで、こどもと遊ぶことを通して彼らの「生きていく強さ」を育てたい『こども王子/こどもの笑顔クリエイター』、 「ベジ」こと浅野暁彦のブログです。

マジョとのつきあいかた

自分がマイノリティであることは重々自覚していたので、
生きていく上で「常識(≒マジョリティの共通意識)」と折り合いをつけることには慣れていたし、
それはこれまである程度成功していたと言っていいと思う。

ちなみにマイノリティの内容とは「ベジタリアンであること」ではない。
それは枝葉の部分でしかなくて、根幹は
「『なんでそれがいけないの?』と思ってしまう病」だ。(←今名前をつけた)
『理屈として通っていれば、その価値観はアリじゃん、存在してていいじゃん』と思ってしまう、病。

話を戻して、
成功していたその方法とは、

「干渉しないこと」だ。

他人に干渉しなければ、衝突も起きない。
結果、トラブルは起こらない。
消極的な平和主義。

そうやってきたのだけど、
年末のとあるイベントで、話の成り行き上とはいえ、相手のとてもセンシティヴな部分に触れてしまい、
どうにも困ったことになってしまった。

マイノリティを自覚していると「マジョリティのふりをすること」はできてしまうので、
その場では、マジョリティが答えるであろう模範的回答をしたのだけれど、それがよくなかった。
相手の逆鱗に触れてしまった。

ぼくが適当に話を合わせて、マジョリティのふりを「演じきること」ができればよかったのだが、
「それ」はぼくにとって根っこの部分でもあり、
今まで嘘をつかないまでも、積極的にアピールしないことでお互いのあいだにグレーゾーンを設けることによって、余計な争いを避けてきた。

が、
もう本音を、到底受け入れられるはずがないであろうぼくの本心を(今、もしくは近いうちに)白状せざるを得ないという状況になって、
「ああ、いつかこんな日が来るかもしれないとは思っていたけど、ぼくにとっても大切なこの場所にはもういられなくなってしまうんだな」と思ったら、涙が溢れてきて止まらなくなってしまった。
その場にいた大勢に目撃されてるし、お酒のせいと言ってもごまかせないだろう。

年末年始ずっと考えていたけれど、明日には答えを出さなければいけない。
少なくとも、なんらかの意思表示を。
此の期に及んで、まだあれやこれをあいまいなままにしていられたらなあ、なんて思うんだけどそれは難しいだろう。

必要かどうか、その人に価値があるかどうかを決めるのは往々にして他人のことの方が多い。
本当にありがたいことに、その場においてぼくは必要としてもらえているのだが、その存在は許されなくなるかもしれない。

それでもぼくは自分に価値があると思っているし、自分の価値は自分で決めたいと思う。
たとえ今現在必要とされなくていなくても、
その必要は、自分の価値を発揮できる場は、自分自身で新たにつくったっていいはずなんだから。