レクリエ日記(仮)

こどもが大好きで、こどもと遊ぶことを通して彼らの「生きていく強さ」を育てたい『こども王子/こどもの笑顔クリエイター』、 「ベジ」こと浅野暁彦のブログです。ほぼ毎日更新。

命を、運ぶ。

何かに導かれているようなきがして、

 

そちらへと手を伸ばすと、

 

そこへたどり着くための次の手がかりや道標が示されたり、

 

びゅう、と突然後ろから追い風が吹いたり。

 

ぼくの場合、

 

用事があるからとかではなく「ただ会いたくて」会いたい人に会いに行こうとするとき、

 

どうやらこの「奇跡」は起きやすいようだ。

 

というか、じぶんでその奇跡を起こしていると今では思っている。

 

(奇跡をじぶんで起こせるんだと知った時のことについては、めっさ長いけどこちらをどうぞ)

 ↓

recrea.hatenablog.com

 

 

 

奇跡が、偶然なんかではなく(じぶんで動かし得る)「必然」なのだと理解すると、

 

「(じぶんでは如何ともしがたい)あらかじめ定められているもの」の意味でいわれる「運命」も、

 

実際は「如何ともできる」ものなんじゃないか、って。

 

 

 

つまり、

 

運命とは。

 

じぶんの意思(意志)で、

 

じぶんの「命」を、よろこばせたり、驚かせたり、踊らせてやろうと

 

じぶんで「運」んでいった先で立ち止まり振り返った時に見える、

 

じぶんが確かに踏みしめてきた

 

「まるであらかじめ定められていたかのような」その道のり(軌跡)や足跡のことを

 

「運命」と、そう呼ぶのではないか。


そんなことを考えた1日だった。

 

 

 

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