レクリエ日記(仮)

こどもが大好きで、こどもと遊ぶことを通して彼らの「生きていく強さ」を育てたい『こども王子/こどもの笑顔クリエイター』、 「ベジ」こと浅野暁彦のブログです。

目を見て語り、背中でも。

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』

 

有名な言葉ですよね。

 

ほんこれだよなあと思っていたけど、

 

今日の記事タイトルのテーマで連想してふとググってみたら

 

なんと、続きがあった。(知らなかった!)

 

 

『話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

 

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』

 

 

 

言わなきゃ伝わらない。

 

だけど、言うだけじゃ、人は動かせない(変えられない)。

 

人がほんとうに変わるのは、

 

その人が『変わりたい』と思った時か、

変わる必要を感じた時だけだ。

 

要は、じぶんを変えることにその人自身が納得した時だけ。

 

形だけ「できた人間」、そしていろんなことが「できる人間」にするだけなら、

命令をもって強制することはできるけど、

 

その強制力がなくなった時、その人はその先も「できた人間」/「できる人間」でい続けることができるだろうか。

 

ぼくは疑問に感じます。

 

「じぶんを律することができる人間」よりも、

 

「じぶんで立てる人間」

 

…よりも先の、

 

「じぶんで考え、じぶんで生きたいと思い、じぶんの意思で生きていける人間」なんじゃないだろうか。

 

人生の「先生」たる親が、大人が、

 

こどもであっても対等な相手として接し、その声に耳を傾けないで。

 

感謝を伝えないで。

 

その無限大の可能性を信じないで。

 

その子は、それらをできるようになるかなあ…?

 

 

 

こどもは、

 

ちゃんと見てる。

 

背丈の高い大人のことを見上げてくれてる。

 

ぼくら大人も、目線の高さを合わせて向き合ってみよう。

 

こどもは、

 

ぼくらがこどものことを見ていない時でも、

 

ちゃんと見てる。

 

ぼくら大人は、じぶんがどう生きていたいかを、

 

『こんなふうに生きてもいい』を、

 

実際にその生き方で見せてあげられる。

 

それはひとことでは、言葉では説明しづらいこともあるから、

 

背中で見せて、語っていきませんか。

 

みんなでいっしょにね。